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『グルメ漫画50年史』序章ノーカット版公開その2

昨日の続きで、序章の公開です。

mumu.hatenablog.com

序章:どうして我々はグルメ漫画に心惹かれるのか

●対決物の要素がある

 グルメ漫画の中のジャンルに「対決物」があります。主人公とライバルが、料理で対決をするというもの。有名なところでは『包丁人味平』(原作:牛次郎、漫画:ビッグ錠)や、『美味しんぼ』(原作:雁屋哲、漫画:花咲アキラ)、『ミスター味っ子』(寺沢大介)などや、最近のものだと『食戟のソーマ』(原作:附田祐斗、作画:佐伯俊)が有名でしょうか。

包丁人味平 〈1巻〉 包丁試し1

包丁人味平 〈1巻〉 包丁試し1

 あまりグルメ漫画に慣れていないと、対決と言われてもピンとこないかもしれません。多くの場合、主人公と相手が、あるテーマ(特定の食材だったりする)に基づいた料理をお互いに作り、審査員が食べて勝敗を決するのです。

 だいたいにおいては、ライバルの方が優れた食材を持っていたり、特殊な料理方法を操る達人だったりして、主人公はどうやったら勝てるのかわからない状態に陥ります。そこを、対抗する食材を探し求めたり、猛特訓で技術を身につけることによって乗り越えていくのです。そこにはカタルシスが生まれ、気持ちがよかったり、「思う通りの展開で満足する=面白い」に通じるのですね。

 この展開は週刊少年ジャンプのスローガンとして有名な「友情・努力・勝利」に結びつけやすいということもあります。食材探しに協力をしてくれる友人や、食材を探し求めたり技術を身につけたりする努力、そして対決での勝利。王道だからこその楽しみがここには凝縮されているのです。

●成長物語も多い

 グルメ漫画で多いテーマに、主人公が寿司職人だったりラーメン職人だったりするものがあります。最初から寿司の達人であることは少なく、多くの場合、初めて職人の世界に入り修行をしていきます。つまり、職人の成長物語なのです。

 達人への道は長く険しく、時には理不尽なこともあります。そういった、普段とは異なる職人の世界を垣間見ることで、こういうことを考えているんだと「興味をそそられる=面白い」となるのですね。最初はひよっこだった主人公がどんどん成長していく姿を見ていくことも、「思う通りの展開で満足する=面白い」となります。

 また、主人公が初心者であるからこそ、作中で教わったり勉強していくという形で、細かな知識が提示され、読者も一緒に学んでいくことができるのです。一緒に成長や主人公を取り巻く人間ドラマを追体験できるのですね。

●ノウハウ系の基本がある

 ノウハウ系とは、「こういうときにはこういう原理でこうするといいよ」というコツを教えてくれる本です。少しややこしいのですが、似て非なるものにハウツー系があります。こちらは、手順などが一通り説明されていて、その通りにすればいいという教科書のようなもの。ノウハウは、その手順に沿った上でこの部分をこうすればもっと良くなるという部分です。ハウツー系は万人向けのものであるのに対し、ノウハウは誰にでも当てはまるわけではないが、ハマった時には効果が大きいという特徴があります。

 同じように料理をする上でも、レシピ本通りにやるのがハウツー系で、アレンジを加えたりするのがノウハウ系でしょうか。

 グルメ漫画はノウハウ系が充実しています。料理を手早くする手順や、少し美味しくするための工夫などが多く描かれているのです。これは漫画という媒体の特性も大きく影響しているでしょう。たとえばお手本通りに料理を先生が作るのを見た後に、自分なりに工夫をしたらどういう味になるだろうかという試行錯誤を描けるのです。

 また、グルメ漫画では「失敗」を描けるのも大きいでしょう。たとえばレシピ本や、テレビの料理番組などではここをこうすると失敗する、ということは書かれていませんし、失敗したときの具体例は映し出されません。でも、グルメ漫画なら、主人公やヒロインが料理に不慣れであるという設定のもと、失敗して「美味しくない」ものができあがる過程を描けるのです。

 料理を作るだけがノウハウではありません。食べるときでも、『孤独のグルメ』(原作:久住昌之、作画:谷口ジロー)や、『ワカコ酒』(新久千映)などで見られる「こういう気分のときにはこういうものを食べよう」「こういうときにはこうするといい(そうすると気分が晴れる)」というのは、まさにノウハウそのもの。読んでいると、同じお店に行って同じものを食べたくなるグルメ漫画には、こういうノウハウを知り、実践したくなる楽しみがあるのです。そのノウハウが自分に合うか、実践してみたい、なぜなら「興味深いから=面白い」となっているのですね。

孤独のグルメ 【新装版】

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●紙に描かれた料理を味わうとは

 ここまでで、グルメ漫画の「面白い」について考えてきましたが、そもそも漫画である以上、出てくる料理は「絵」でしかないわけです。その料理を「美味しそう」と思わなければ、「面白い」にはつながりません。ではどのようにして、美味しそうに描写をしているのでしょうか。

 そもそも我々は、料理を味わうときには味覚(味わい)だけを使っているわけではありません。五感を全て使っています。嗅覚(香り)、視覚(見た目の美しさ)、触覚(いわゆる食感や口に当たるときの温度)、聴覚(パリッという音や、ジュージューいう音や、サクサク音等)も重要です。たとえば同じお煎餅でも、湿気てしまってふにゃふにゃになっていると、パリッとしているときに比べて美味しくなくなっていますよね。お煎餅そのものは中身が変わったわけではないのに、湿気を含んで食感が変化するだけで美味しさが変わってしまう。触覚も重要な要素であるからに他ならないのです。他の感覚も同様ですね。

 料理が美味しそうで、読んでいるとお腹が空く作品は五感を刺激するような描写を多くしています。視覚的に美しいのはもちろんのこと、オノマトペ(擬音)を使って温度などをあらわしたりすることができます。たとえばステーキでも、ただ単に肉を描かれるよりも、熱々を示す湯気が立ちこめていて、ジューッという音がしている方が美味しく見えるのです。さらには、香りを嗅いだときの反応や、もぐもぐと食べている口元のアップなどを描いて美味しそうということを強調するのです。

 五感を表現するときに重要なのが「共感」です。どれだけ美味しそうに描いたつもりでも、結局は読者の頭の中に味わいが想像できなければ、「美味しそう」とはならないからです。よく使われるのが、料理を食べた後の台詞ですね。ただ食べて美味しいというだけでなく、「噛むと口の中に肉汁がじゅわーっとあふれてくる」と言った方が、実際にその味わいを想像しやすくなり、共感できるのです。こういったリアクションには過剰なものもありますが、ただ単に美味しそうにもぐもぐと食べる口元をアップで描く、という手法を採っている作品もあります。

 ただ、現代に生きている我々はそれだけではなく、もうひとつ「情報」をも食べていると考えられます。同じ料理でも、そのまま出されるのではなく、「これは実はとても希少な部位で、滅多に手に入らないのですが今回特別に手に入りました」と言われて出されたら、じゃあしっかり味わわなきゃと思い、いつもより美味しいように感じるでしょう。行列に並んで食事をしたときに、これだけ並んでいるのだから美味しいに違いないと思い、より料理を美味しく感じるという経験は誰しもあると思います。

 グルメ漫画では、その「情報」をうまく使っている作品が多いのです。どれだけ苦労して手に入れたのかの過程を物語で見せることもできます。この味が思い出の味である理由などを提示することもできます。料理人と客の間の関係性も、読者は知ることができるでしょう。こういった物語性を付加することで、絵に描かれた料理を美味しいように見せることができるのです。

 当然ですが、優れたグルメ漫画ほど、これらの情報を組み合わせて面白さを演出しています。普遍的な面白さを持っているからこそ、連載が30年以上続く作品も多く、世代を通じて愛されているのでしょう。

 次章からは、実際のグルメ漫画をとりあげ、グルメ漫画の歴史を振り返っていきます。

 なお、本書では10巻以上続いた作品を中心に取り上げていきます。これは、長く続いている作品ほど、多くの人に認められ、愛されているからと考えているからです。ただし、グルメ漫画史上で重要な転機となる作品や、そもそも巻数が少なくなってしまうエッセイ系漫画や、アニメ化やドラマ化を果たした作品などは取り上げる場合があります。

グルメ漫画50年史 (星海社新書)

グルメ漫画50年史 (星海社新書)