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『グルメ漫画50年史』序章ノーカット版公開その1

今週末発売予定の『グルメ漫画50年史』。
もうすぐ試し読みが公開されるのですが、実は、序文というか序章に関しては没バージョンが存在します。

なぜ没にしたのか。
それは、ちょっと情熱を持って書きすぎてしまったため、ページ数が大幅に膨らみすぎたからという。どうせページ数が膨らむのだったら、少しでも多くのグルメ漫画の紹介をしたい! ということで、なくなく削って半分ぐらいの短縮バージョンにしたのでした。そんな前書きよりも早くグルメ漫画の話が読みたいんだよ! と言われたら、そうですよね。その通りですとしか言いようがないですよね。

でも、ちょっともったいないよね。いい文章だよね(自画自賛)ということで、編集さんの許可も得たので公開したいと思います。試し読みが公開されたら、見比べてみるのもいいかも! 長いのでちょっと分割して掲載するのと、ブログ上で読みやすいよう改行を入れたり数字を修正(縦書きだから全角で書いたりしていたのでそれを半角に)したりしています。書影はAmazonリンクで代用します。こんな感じのを挿入していきます。

グルメ漫画50年史 (星海社新書)

グルメ漫画50年史 (星海社新書)


(ここから)

序章:どうして我々はグルメ漫画に心惹かれるのか

 グルメ漫画、料理漫画、食漫画……言い方は違えども、「食事」にまつわるテーマの漫画はたくさんあります。その歴史は40年を軽く超え、今や50年に届こうとしています。最初はごくわずかだった作品数も、本書執筆時の2017年では毎月30冊前後のグルメ漫画の単行本が発売されるようになり、あらゆる年代層向けの雑誌を見渡せばどこか一誌では必ずと言っていいほどグルメ漫画が掲載され、テレビでグルメ漫画を原作にしたドラマやアニメはひっきりなしに放送されている時代です。間違いなく、一大ブームにあると言えるでしょう。

 どうしてグルメ漫画はブームになっているのでしょうか。本書では、その秘密をグルメ漫画の歴史と共に考察し、解き明かしていきます。

 まず最初に考えたいのは「どうして我々はグルメ漫画に心惹かれるのか」です。多くの人が面白いと感じなければ、ここまでの大きなジャンルにはならないはずだからです。ではグルメ漫画の「面白さ」とは何か。まずはそこから考えていきます。

●そもそも「面白い」とは何か

 まずは「面白い」という言葉を定義しましょう。手元の辞書を引いてみると「見て楽しい。愉快だ。気持がいい」「興味をそそられる。興味ぶかい。独特の魅力がある。対応したり評価したりする価値がある」「趣がある。風流である。風情がある」「望ましい状態である。思う通りで満足させられる。多く打消の語を伴って用いられる」「こっけいである。おかしい。また、奇妙である。一風変わっている」<小学館・精選版日本国語大辞典より>と書かれています。

 つまり、これらのうちの何かを満たしているため、グルメ漫画は面白い、と言えるのです。では、他の漫画に比べてグルメ漫画はどこが「見て楽しい」「興味ぶかい」のでしょうか。

●「欲」に忠実である

 人間には「三大欲求」があります。食欲、性欲、睡眠欲ですね。これらの欲が満たされる時、人は愉快だったり心地良いと感じるのです。ぐっすり眠ったら気持ちがいいですし、性欲が満たされるときも気持ちいいと表現するでしょう。そして、食欲に関しても満たされると「心地良い=面白い」と感じるのです。同じく三大欲求である、性欲を扱った、成人向け漫画が一大ジャンルになっているのも、まさに欲が満たされる作品だからこそであると言えるのです。

 また、「食」は老若男女を問わず、人として生きていくのに避けられないものでもあります。どんな人でも、食欲は無視できません。食べないと死んでしまうからです。それだけ身近なテーマであり、想像しやすいので、グルメ漫画は面白いのです。

 ちなみに、グルメ漫画には性欲と結びついた作品も多々あります。初期の作品には直接的な性表現を伴う劇画は数多く出ていますし、現在で多いのは女の子が食べたときに蕩けるような表情をするものです。美味しい物を食べたときの多幸感を表現するのですが、少々いきすぎと感じられるものも増えてきました。食事は、体内に物を入れるというところから、食欲を性欲の代替に見立てている手法と言えるでしょう。

●知的好奇心が満たされる

 世の中にはたくさんの食材や料理方法があります。これらが作品に登場したとき、読者側は新しい知識を得たと感じるでしょう。つまり、知的好奇心が満たされるのです。知らない食材や料理法を知るだけで、「興味深い=面白い」と感じるのですね。

 そういう視点で見ると、身近にありながら知っているようで知らないジャンルについての漫画に人気があるのがわかります。具体的には、寿司をテーマにした漫画です。魚の種類や食べ方、握り方、関東と関西の違いなど、グルメ漫画を通じて学んだという人も多いのではないでしょうか。寿司をテーマにした作品は、40年の歴史があります。

 もうひとつポイントになるのは、どれだけ美味しい料理でも知らなければ食べることができない、ということです。たとえば近所にとても美味しいお店があったとしても、そこが料理店だと知らなければ食べることはできないでしょう。それだけでなく、調理方法や料理も、多くの人に知られたからこそ、食べられるようになったというものが多くあります。グルメ漫画にはそういった食文化の伝播を担う、いわば「食べる」入門書という側面もあります。

●そもそも日本人は「食べる」ことが好き

 知的好奇心が満たされるということに通じますが、そもそも我々は食べることが大好きなのです。高級レストランからチェーン店、大衆食堂に至るまで、レベルの高い料理店が日本中にはあふれています。

 例えば外食に目を向けてみると、ミシュランガイドの日本版が出版されたとき、世界の他の大都市を遙かに上回る数の店舗が星を獲得していることがニュースになったのを覚えている人もいるでしょう。例えば2017年度で見ても、東京は277軒に対して、ニューヨークは77軒と、4倍弱という差があるのです。

 内食はどうなのか。家庭料理の幅の広さや、探究心は非常に旺盛であるといえます。代表的なのが料理レシピサイト「クックパッド」の人気でしょうか。プロが提示する料理レシピを見るだけでなく、多くの人が自分のレシピを公開し、それが人気を博しているというのは家庭料理に対する情熱が非常に大きいことの表れです。

 また、家庭で調理したものを外に持ち出す「お弁当」の文化も、世界にあまり類がないものでした。冷めても美味しくなるように工夫をし、一つの箱に主食とおかずを詰める。最近では美味しさを追求するだけでなく、外見を楽しくするキャラ弁、デコ弁が流行しました。これも、外出時でも美味しく食事を取りたいことを追求したものと言えます。ちなみに、このお弁当文化は、いまや海外でも「Bento」で通じるほど大ブームになっています。Bentoブームの火付け役は、日本の漫画やアニメで登場人物がおいしそうに食べているシーンからと言われています(Asahi Shimbun Digital 2013年3月6日「パリで人気、Bento」)。登場人物が食事をしているシーンには「食べてみたい」と思わせる訴求力があり、それは万国共通ということですね。

 これらのことから考えてみても、まず間違いなく、日本は美食の国であり、我々は食べることが大好きと言えます。「食」にまつわることを貪欲に取り入れていきたいと思い、知らないことを知ると知的好奇心が満たされるのも、当然と言えるでしょう。

(続きはこちら)
mumu.hatenablog.com

グルメ漫画50年史 (星海社新書)

グルメ漫画50年史 (星海社新書)